6月のアート

このラインアップに脈絡があるのかないのかすら、もはやわからん・・・。

安藤瑠美「dream islands」
写っているものは、夢の島。ひとつひとつの作品が繊細で美しかった。
が、それを美しいと思うことはなんとなく後ろめたかった。なぜだろう。どこかに何かを押し付けて、それをのんきに美しいと思うことが?いや、たぶん、そんな単純なことではないのだな・・・

建築はどこにあるの?
やっぱり建築っておもしろい。あまりにも自分からかけ離れているからだと思う。空間で何かをとらえるという脳みそが自分にはない。
ほんとうに疎いので建築というとハコそのもののことしか思い浮かばないのだけれど、菊池宏さんの作品に、空間を生み出し、思いを誘発するものでもあるのだと知らされた。自分をとりまくものをないがしろにしてはいけない。
伊東豊雄さんの作品は、この展覧会のために何かをというより、今とっている手法をいくつか紹介するという感じだったのに、1番、根本をひっくりかえされるようなインパクトがあった。1番実際的だったからだと思う。

ウィリアム エグルストン「パリ−京都」
こんな感想もいかがなものかと思うが、あるところは蜷川実花さんの世界に近いような気がした。もちろんピタリとは重ならない。あくまでもあるところ。でも私の好きな世界だ。明るいところもそうでないところも含めて、世界がいつもこう見えるといいと思う。

いのくまさん
展示の仕方がいいなぁと思った。絵本のなかに自分がいるようだった。「いのくまさんのいっしょう」みたいな。いのくまさんの紡ぐいのくまさんの物語。

須田悦弘
ギャラリーでは作品に値段がついているわけで、もちろん買えないのだけれど、「もし家におくとしたら」という視点で作品を見ることがある。でも須田さんの作品は、そういうことからは遠い。彫刻だけど、インスタレーションだから。家ではこの感じは再現できないなーと思うのだ。大好きだった芍薬も、家に置いたらこんなに儚い感じがしないだろう。ある場所に(あるべき場所なのかもしれない)置かれたとき、不思議な力をもつ植物たち。まるで魔法だな・・・。

荒木経惟「センチメンタルな旅 春の旅」
命が消えかかっているのは自分のほうなのに、どうしていたわるような眼でこちらをみるのだろう。以前見送ったひとと、チロが同じ眼をしていて泣きそうになった。
「その時」がきたら、先延ばしにすることはできないのだと思い知ってから、それを願うことはなくなった。その分、誰のことも、こんなふうにていねいに見送りたいと切に思う。そして、自分のその時までを、精一杯生きるべし。